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4年前のプル(プルシェンコ)は確かにすごかった。 クリアで正確なジャンプに情感を込めたステップ。 一つひとつの技術が超一流であるうえ、卓越した演技力まで備えていた。 つまり、何もかもが別次元。 他を圧倒していた。 そして、復帰したプル。 四回転をきちんと降りる技術力は健在で、さすがだと思った。 さすがだとは思ったのだけれど。 昔の輝きはすでに失われていた。 ぼてっと重いステップ。 スピンもスピード感に乏しく、回転軸やポジションが甘い。 27歳という年齢のせいなのか、ほかの選手が伸びたせいなのか、ちっとも魅力的な演技ではなかった。 そしてプル本人が最大の強みとするジャンプにしたって、軸が途中で傾き、決して美しいとは言えなかった。 (それでも着氷を決めてしまうところはすごいとは思うが) スタミナも問題があり、特にフリーでは顕著にその「弱み」が露呈していた。 そんなわけで、私はライサチェクが金メダルというのは非常に妥当な結果だと思っていた。 もちろん、北米で開催されたオリンピックでなければ、プルが金メダルだったのかもしれない。 しかし、あんな風に「劣化」したプルの演技が金メダルを獲得し、トリノよりも「進化」したライサチェクが銀メダルなんて、逆に納得できなかったと思う。 そのプル。 銀メダルが相当の不満だったらしい。 リンク裏で「五輪王者が4回転の跳び方を知らないなら、男子シングルではなくアイスダンスに名前を変えなくてはならない」などとうそぶいたそうだ。 (ライサチェクに失礼なだけでなく、アイスダンスの選手にも失礼な発言である) 悔しいのは分かるけれど、人間としての器の小ささを感じてしまった。 そう言えば、プルは試合前に散々、「男子なら四回転を飛ばないといけない」と言いまくっていた。 これも彼の作戦だったのだろう。 一つは、審判員(採点)に対する作戦だ。 ステップやスピンの技術が落ちてしまった今、プルとしては何としてもジャンプ技術を重視して採点してほしかったのだと思う。 裏を返せば、今のプルが他の選手に勝っているのは四回転の安定度しかなかったということだ。 そしてもう一つの狙いは、ほかの選手に対する揺さぶりだ。 四回戦を回避できない雰囲気を作ることで、背伸びして四回転に挑ませ、自滅させるということである。 ライサチェクはプルが作り出した「心理戦」にもひるまなかったという点でも、金メダルの資格があると思う。 (逆にジュべは、プルの復帰によって最も歯車を狂わされてしまった気がする・・・) プルが復帰をしてくれたお陰で、選手に緊張感が生まれ、男子シングルが格段に面白くなったのは事実である。 そして今回のメダルの色が銀だろうが金だろうが、プルが一時代を築き、フィギュア・スケート史に残る超一流のスケーターであることも揺るがない事実である。 だからこそ、引き際も王者としての風格を感じさせてほしかった。 好きな選手だっただけに、「負け犬の遠吠え」みたいなプルの行動は残念で仕方ない。 話はがらりと変わり、日本選手について。 小塚。 試合直前、佐藤信夫コーチといつもの「儀式」をしている時からすでに顔に汗をかいていて、「コンディションは大丈夫なのだろうか」と心配になった。 今シーズンの小塚はどこか危なっかしかった。 欲が出たせいなのか、先シーズンの爆発力を失っていた。 (パトリック・チャンと全く同じ呪縛に囚われていた) そういう危うさを顔の汗に感じてしまったというわけだ。 しかし、小塚はいつの間にかまた一皮むけていたらしい。 四回転を降りると、後半に向けて尻上がりに調子が上がっていった。 若々しさと躍動感にあふれる演技。 そして抜群のスケート技術。 男子シングルの全選手の中で、私の気持ちが一番盛り上がったのが、この小塚のフリーだったかもしれない。 (トリプル・アクセルの失敗ぐらいはご愛嬌だと思う) 点数をもうちょっと出してほしかったと思う。 (チャンがあんなに意味不明な高得点だったんだし) ちなみに、今回の男子シングルの上位選手の顔ぶれは前回のトリノとほとんど同じだった。 彼らの多くは20代半ばで、スケーターとしては円熟期を迎えてのオリンピックだった。 当然、4年後の顔ぶれはがらりと変わっているだろう。 いささか気が早い話だが、小塚の金メダルは大いに期待できると思う。 これからも応援していきたい。 (余談だが、今の段階では最大のライバルはチャンになるだろう。 そしてさらに余談だが、デニス・テンも面白かった。 20代になっても、ビールマンとドーナツスピンは続けてほしい。 目指せ、二代目ジョニ子!) 織田。 四回転を回避したのは、らしくない選択だったと思う。 織田本人は「(トリプル・ルッツにしたのは)自分の判断」とやけに強調していたが、どこか言い訳っぽくて、やっぱりモロゾフの判断だったのかなと勘繰ってしまった。 モロゾフは経験を積んだ大人の考え方として、安全策を選ばせるのだろう。 もちろん、挑戦してすべてを失うより、挑戦を避けて結果を残すことの方がいいことなのかもしれない。 結果がよければ、選手のその後の人生にも大きな意味がもたらされることも分かる。 ただ、あの時の織田にどんな失うものがあったというのか。 たった1人の日本人スケーターでもなければ、日本人最上位の選手でもなかった。 余計なプレッシャーに押しつぶされることなく、自分が持てる最大限の力に挑むには絶好のポジションだった。 それなのに安全策。 一流のジャンプ技術を持っている織田が、四回転を飛ばなかったのは残念でならなかった。 (コーチとしての実績を積みたいモロゾフの保身のせいであるような気さえしてしまう) 弱気な姿勢がリズムを狂わせ、あの不幸なアクシデントを招いたようにも思ってしまう。 織田は大好きなスケーターの1人であるだけに残念だったし、この経験を今後に生かしてほしいと願う。 そして、高橋。 私個人の意見では、高橋こそ王者の演技をしてくれたと思う。 ショートで見せた多彩な表情、そして魂を込めて演じたフリーの「道」。 高橋にしかできない唯一無二の滑りで、どの選手よりも「物語」を感じさせた。 フリーの演技構成点が全選手中でトップだったのも、その表れだと思う。 その高橋も、滑り出すまでは相当に緊張していたに違いない。 音楽が鳴り始める直前、頬の横で組んだ指が震えていて、テレビで見ながら心配してしまった。 いつもに比べると滑りはやや硬いかなとも思ったが、無難にまとめ上げる底力はさすがだった。 ところで、高橋は「オリンピック出場は今回が最後」と名言していた。 だから私は、試合後に引退を表明するのかなと思っていた。 実際はそんなこともなく、高橋は次の世界選手権に向けた抱負を語っていた。 高橋のモチベーションが持続したのは、銅メダルだったからではないだろうか。 到達していない頂点がまだ残っているからこそ、人はそこを目指すことができる。 情熱を抱くことができる。 高橋の実力を考えると、今回金メダルを取れなかったのは実は残念なことだとも言えるが、銅メダルという結果は本人にも周りの人にとっても幸福な出来事だったのかもしれない。 引退するにはまだ早い23歳の高橋の「物語」がまだ続いていくという意味で。 これから高橋は未完の物語にどんな夢を描いていくのだろうか。 何はともあれ。 しばらく高橋の演技が見られるのは、テレビの前で見ている私たちにとっても幸福な出来事だ。 世界選手権ではずっとリラックスした状態で滑れるはずだから、どんなに素晴らしい「道」を演じてくれるのか、今から高橋の演技が楽しみになっている。 PS. もうオオイヌノフグリが咲いていた。 そこまで来ている春。 女子シングルの「春」もすぐそこに来ていると思いたい。 |
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